写真家 篠山紀信 ネットインタビュー・対談まとめ

 篠山紀信さんは、その時代を代表する人物を撮り続け、「激写」や「シノラマ」など新しい表現方法と新技術で常に「時代」を撮り続けている写真家です。
一部の写真愛好家には「写真ではなく企画で受けた」と批判されることがありますが、被写体に対する誠実さや、そのテクニックはそう真似をできる人はいないでしょう。
知名度が高いだけあって、ネットでもたくさんの記事が書かれていますのでまとめてみました。
このまとめに乗っていない記事を知っておられる方は是非教えていただければと思います。

写真家・篠山紀信氏インタビュー 《篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN》
どうすれば良い写真が撮れるのかって、そんなことは私が聞きたいくらいなんですけど(笑)、昔ね、コマーシャルに出たことがあって、テレビに出演したことがあるんですよ。そのときに何を言ったかというと、『皆さん写真を撮るんだったら、ハッと感じたら、グッと寄って、バシバシ撮りなさい』って言ったんですよ。つまり何かを撮りたいと思ったら『あ、いいな』って感じなくちゃダメじゃない。感じたらまず、グッと寄るんですよ。『ここでいいな』って自分が思う位置よりも。寄らないで(シャッターを)押してもね、対象に対する力が強くならないんですよ。写真を撮るときにもっとグッと寄る。それでとにかくバシバシ撮りなさい。1枚パシッと撮るよりもたくさん撮りなさい。そうするとその中から良いものを選べるじゃない。



インタビュー:篠山紀信 – Time Out Tokyo(タイムアウト東京)
https://www.timeout.jp/tokyo/ja/アート/インタビュー:篠山紀信
今、こういう非常事態において、写真家の方ができることは何だと思いますか?
篠山:1番プリミティブに言えば、報道ですよね。現場へ行って撮る。でも、写真を見ていても、なんか、変にお涙ちょうだいみたいな、同情をあおるような写真があったり、あんまり好きでないというか。撮っている人がそういうことを感じているのか、メディア自体がそういう風なことをやった方が、読者が喜ぶからやれと言っているのかは知らないけれど、僕が行ったら、もっと違うことを撮っているような感じがします。
「決定的な1枚には想いのすべてが集約される。それが“写真の力”」 篠山紀信スペシャルインタビュー:『篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN』
シャッターを切る。その間、僕は一言も「笑ってください」だの「元気そうに」なんて余計なことは一切言わない。ただ「カメラを見てください」と言ったときに出てくる、みなさんの複雑な表情を、僕じゃなく、カメラが撮ってくれた。それが“写真力”なんですね。
篠山紀信展「快楽の館」インタヴュー | ARTICLES | IMA ONLINE
―これまで膨大な数のヌードを撮られてきていますが、篠山さんにとってヌード写真とはどんな存在でしょうか?
篠山:目の前の被写体に感じた印象や思いや、イメージを写真にするときにヌードってとても使い勝手が良いんですよ。エロさだけじゃありません。例えば、都市に裸を置く行為は、そこに有るべからずものが風景の中にあるという、日常の非日常だったり、既視感のあるものの別の側面を見せられることでもあります。いわば、自分自身の眼を覚醒させるための装置なんです。現代は、ヌードというと排除すべき対象ですが、やはり欲望を喚起するものなんです。
写真家・篠山紀信はなぜ美術館でヌードを撮ったのか? 写真展『快楽の館』に迫る (1)
――男性のヌードを撮るときと、女性を撮るときと、違いはあるんですか?
構造的に、男性の体は出っ張ってますからね(笑)。隠すのになかなか苦労します。あとはどちらかというと、男性の方が恥ずかしがり屋ですよね。女性は10分もすれば、自分が裸であるかなんて忘れちゃうところがあるんですけど、男性の気持ちをほぐすのは大変です。お世辞を言ったりするわけじゃないけど、モデルになってくれてありがたいという気持ちを全面に出します。リスペクトする気持ちがないと、ダメですよ。
銀座人インタビュー〈第8弾〉その店の空気感を写真に|壹番館洋服店
渡辺:普通は、構えちゃいますよね。
篠山:まずそれをほぐすというか、緊張されないようにするのが一番ですから。僕はどう撮ろうかとフッと考えるときは真剣ですけど、あとはもう世間話とか、冗談を言ってみたり和んでもらって、それで「あっという間に終わっちゃったね」という感じが写真の撮り方として一番理想なんですね。
渡辺:ある種拍子抜けというか。「あれっ、もう終わっちゃったんですか?」みたいなほうが、いいのかもしれませんね。
篠山:「なんだ、もう帰っちゃうの?」みたいな(笑)。そういう感じはずいぶんありましたね。
編 凄くいい写真を撮るためには、やはり、モデルさんに「こういう表情で」など、ご自分のイメージをしっかりと伝えるわけですか?
篠山 それはありません。僕の場合は、撮る側の主体性なんかない。すべて相手に合わせます。
写真は「人ありき」「被写体ありき」ですから。この人を撮るには、スタジオがいいのか町中がいいのか、8×10がいいのか、カメラは何を、レンズはどれを選べばいいのか、その人のよさを引き出すことを最優先に決めるわけです。
中には、モデルの個性とは関係なく、自分の確固たるイメージが先にあって、それを演じてほしいなんてモデルに要求する傲慢なカメラマンもいるけど、そんなんじゃダメだと僕は思うね。そもそもカメラマンなんて、被写体がなければ何にもできません。
絵画や音楽のように、ゼロから何かを創り出すことはできない。カメラマンごときが、自分のイメージがこうだからこうしろああしろなんて言うのは、おこがましいですよ。
[ようこそ、信州へ #001]篠山紀信さん(写真家) | NaganoArt+
ーー今回の展示には 3.11東日本大震災で被災された方たちのポートレートがあります。たとえば昨今の日本国内の少し不穏な空気が流れている中、今の時代をどのように感じていらっしゃいますか? そして、何か考えが写真に反映されることはあるのでしょうか?
 
僕は政治評論家ではないし、大所・高所から偉そうに言う立場じゃない。ただ、僕が生きて写真を撮ってきた中で「本当にこの時代はいいなぁ~!」なんて時代はどこにもありませんでしたよ。生きてるということは不満や苛立ちを持つことなんですよ。完璧な安らぎを与えてくれる時代なんてこの先、たとえあなたが100年も生きたとしてもないだろうしね。まあ、バブルといういい加減な時代はあったけどさ。出版社から取材費もばかばか出て、外国にもどんどん行けて、あちこちで変わったものがどんどん出てくる。まあ、僕は「この時代はけしからん」とか「国会議員のあいつがいけない!」とか思わない。つまり、自分が生きている中で不満があるのだとしたら、どうにかしてその不満を自分の元に手繰り寄せて、それを逆手にとって、うまい写真を撮っちゃう。僕の考えはそっちですよ、健康的でしょ。
篠山紀信、被写体は…金魚!?「人物でも金魚でも『紀信伝心』」 | CanCam.jp(キャンキャン)

WI 初めての金魚の撮影で思い出に残るエピソードとかはありますか?

篠山 初めての体験というのは“驚きの連続”で、それを大切にしなきゃいけない。これはどの写真でも同じ。女の子を撮るのでも、風景を撮るのでも一緒。初めて見る“綺麗”や、“すばらしい”と思う瞬間を「撮る」。もし金魚専門の写真家だったら、こういうふうには撮らないと思うんですよ。でもそんなの関係なく「最初の驚き」だけで撮っている感じ“処女体験”ですよ(笑)。

歌舞伎繚乱「KABUKI by KISHIN 篠山紀信特別インタビュー 見たことのない歌舞伎が写っている」

――演技の極まったところをとらえるのではなく、その頂点に向かう勢いのある一瞬、エネルギーが今にも爆発しそうに燃えたぎる一瞬を、写真にとどめています。

 俳優が乗ってきて、私も乗ってきて、役者に乗り移ってしまったようになるときがあるんです。そういうときは本当にいいですね。歌舞伎俳優が本当に命がけで役に入っている、その一瞬はかけがえのない一瞬です。歌舞伎の神様が降りたその瞬間と、私に写真の神様が降りてきた瞬間。神様と神様がぱっと合わさった瞬間。これがまたすごい。この一瞬が写っているから、形がどうとかいうのを超えたもっとすごいものが写っているのだと思います。

  きれいに決まった写真を見慣れている俳優さんたちも、だんだん篠山の写真は面白いと思ってくれるようになりました。今まで見たことがなかったものをお見せしているわけですからね。掲載した写真はすべて、写っているご本人が出していいと言った一枚です。

  撮影者が消えて、役者がぐーっと出てくるのがいい。私がしゃしゃり出るのはよくない。私はそう思っています。



 

中村勘三郎さん”最後の8年”を撮った篠山紀信さん 「歌舞伎座最前列でも見えない表情とらえる」

−−−勘三郎さんから篠山さんに撮っていただきたいとお声がけがあったということですが、撮ったお写真にどんな反応がありましたか?

襲名の写真が面白かったんだよ。ニューヨークで平成中村座の公演があった時に撮ったじゃないですか。最初、ポラロイドで撮ってみたら、天気が良くてピーカンで、ものすごくいい写真なんだよね。それを勘三郎が平成中村座の楽屋に持って行って皆に「ちょっと見てよ、こんなすごい、いい写真が撮れたよ」って言ったら、「さすがだね、合成上手いね」って言われて(笑)。ニューヨークに行って撮ってるのに、なんで合成なのかって。でも、それくらい本当にぴったりハマった写真が撮れたのね、あれは。

 

 

【VOGUE】篠山紀信さんに聞きました!「僕が歌舞伎を撮る理由」
「『阿古屋』に出てくる「竹田奴」を終演後に僕が演出して玉三郎と一緒に舞台で撮ったもの。本当の芝居にはこんなシーンありません。ひょろひょろひゅう〜と出てくるなんともシュールな人たちです」by KISHIN

 

 

トーク連載「篠山紀信 × ○○」第1回 篠山紀信×箭内道彦×明日花キララ×後藤繁雄 – コラム : CINRA.NET

箭内:いいですねぇ。じゃあ、「篠山さんが撮るワタシ」はどうですか?

キララ:素の部分がすごい出てきますね。

箭内:他のカメラマンとはここが違う! みたいなところってあります?

キララ:面白さっていうかユニークさが、先生の写真にはありますよね。

篠山:愛だよ、愛。キララに愛があるんだよ。他の人はさ、裸にしてエッチな顔させて「あ〜ん」とかやらせればいいってとこあるじゃない? 私の場合はあんまりエロくないんだよね。

キララ:う、うん。

 

「技術の勉強いらない」篠山紀信×Hey! Say! JUMP中島裕翔のカメラ談義

篠山「携帯から入ったのね。ここが全然違うとこ。面白いよね。僕は、ポラもストロボもないアナログ時代から撮ってる。失敗したら何も写ってないなんてこともあったから、ライティングとかすごく勉強したけど、今はシャッター押せば暗いところでも何でも写る。軽くいいものが撮れちゃう今は最高だよね」

中島「すごい時代ですよね」

篠山「今はカメラの技術の勉強をする必要はないよ。技術じゃなくて、大切なのはここ(胸を指して)と、ここ(頭を指して)。感性だね。ふだんから、いい舞台、映画、美術品とか見たりして感性を磨くことが重要。そうするとほかの人とは違うものが見えてくる」

中島「それが肥やしになる」

篠山「そう。いい女とつきあったりね。いい男とつきあってもいいけど。ハハハ」

中島「(爆笑)」

祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.15 篠山紀信さん、クリスチャン・ルブタンさん
祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.15 篠山紀信さん、クリスチャン・ルブタンさん

さきほど館内を案内していただいた際にも解説していただきましたが、ヌードを撮る際の感情やモデルの個性の表現方法についても非常に興味深かったです。

祐真 なるほど。ルブタンさんは今回の展示方法が、作品の美しさをより際立たせていたと感じられたわけですね。篠山先生はそのあたりはいかがですか。

篠山紀信さん(以下、篠山) サイズ感についてはそんなに意識はしていませんでしたが、ルブタンさんの視点は面白いなと思います。私自身が見ていただく方にいちばんに感じてもらいたかったのは、自分が今立っている場所に裸のモデルが立って、まさにその場所で撮られたのだという事実。過去と現在が入り乱れて不思議な気持ちになるのは、この美術館が80年前に建てられた建築物だということと元は私邸だということも密接に関係しています。そういう場だからこそ、他にはない特別な雰囲気が出るとも思っています。



2018年、明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。九州テレビ特派員の空きれいです。

昨年もたくさんの方に見ていただきありがとうございます。今年は去年さりげなくTwitterでつぶやいた

を実行することを目標にしたいと思います。どうぞ今後ともよろしくお願いします。



空きれいは何故、元日にミサに行くの?

私、空きれいは九州テレビの特派員であり、信者ではありませんがカトリック教会にご縁があり、6年ほどミサの撮影をしています。
今年のクリスマスは、YoutubeとTwitterでクリスマスミサのライブ中継をしましたが、208年1月1日に行われる「神の母聖マリアの祭日」のミサも中継します。


そもそも「神の母聖マリアの祭日」って何?

新しい年を迎えた今日、降誕8日目にあたる1月1日に、教会は、ローマの古い伝統に従い、“神の母マリア”の祭日を祝います。

Laudate | 教会カレンダー 神の母マリア より

神の母聖マリアは、キリストを産まれたお母さんの事です。カトリック教会では、古くから聖マリアの祝福を祝っていて、日本のカトリック教会でも「守るべき祭日」としてクリスマスと同じくらい大切にされています。

空きれいは何故、元日にミサに行くの?

私、空きれいは6年前のクリスマスの日に、ある人にクリスマスの日にいきなり教会に行こうと言われて、教会に初めて足を踏み入れました。

その際に、カメラを渡されて生まれて初めて撮影しましたし、その後の1月1日の“神の母マリア”の祭日でビデオ撮影を任されて撮影しました。要するに私にとってクリスマスと聖マリアの祭日は、今の私「空きれい」が生まれるきっかけとなった縁のある日なのです。

 

そのご縁を大切にし、その後幾度も撮影することによって理解を深めてきたミサの良さを伝えるために私は、今年クリスマスミサに続いて“神の母マリア”の祭日も鳥栖カトリック教会より中継することになりました。

こちらから見ることができますので、ぜひ見て頂ければと思います。



今のうちに、Google Nik CollectionをDLした方がいいよって話

デジタル写真を扱う人なら、LightroomやPhotoshopを使っている人は多いと思いますが、プラグインの「Nik Collection」を知らない人は案外多いのではないのでしょうか?

「Nik Collection」はNik Softwareという会社が開発したプロのフォトグラファー向けの高価なソフトでしたが、2012年にGoogleが買収、「Google Nik Collection」として無料で配布されていました。

しかし、2017年になってGoogleが「Google Nik Collection」の更新終了を告知、その後DxOが「Google Nik Collection」を買収して、2018年にリリースされる予定です。

その際には、有料化の噂も流れていて、今後は無料で入手することは難しいかもしれません。



「Nik Collection」は7のプラグインで構成されていています。簡単に各プラグインを解説すると、

Analog Efex Pro

アナログ風のフィルターを使用して写真を昔のフィルムカメラで撮影したように加工できます。

他のプラグインと違って、クラシックカメラやトイカメラ、さらには湿版カメラなどプロ向けだけあって他のものとは違って一つ一つの設定を組み合わせてオリジナルのプリセットを作ることも可能です。

Color Efex Pro

様々な状況下に合わせて、フィルターが用意されています。

合計55のフィルターを自由自在に組み合わせられるのはさすがプロ用に開発されたきただけはあると思います。

Silver Efex Pro

モノクロ用のプリセットです。有名なモノクロフィルムを暗室で現像したように加工できます。

とある動画で写真家の森山大道さんが若い方と一緒にこのプラグインを使って加工していたのを見て驚きました。
もちろん私もこのプラグインを一番多用しています。

Viveza

マスクや範囲選択をしなくても簡単に部分補正をすることができるプラグインです。

個人的にはあまり利用していませんが、PhotoshopやLightroomの初心者の方には便利かもしれません。

HDR Efex Pro

HDR風のフィルターを使用して加工できます。

これもあまり利用していませんが、Phoromatixなどの専門的なツールを使用しなくてもプロ品質のHDRを作れるのはいいと思います。

Sharpener Pro

写真をよりシャープネスにするためのプラグインです。

PhotoshopやLightroomでは、どうしても設定がよくわからないと何となくシャープネスをかけるのですが、このプラグインを使えばプロのようにはっきりとシャープネスをかけられます。

さらに、光沢紙やマット紙など印刷する紙やプリンターに合わせてシャープネスの設定ができる「Output Sharpener」も付属していてこちらもプリントする際には便利です。

Dfine

写真を高感度で撮影した際に見られるノイズを除去するプラグインです。
特に夜景や夜間に手持ち撮影するとどうしても感度を上げなければいけない場合があるのですが、そういった際に威力を発揮します。

 

以下が主な機能です。昔は1つのプラグインで1万円はしたという高価なプラグインですので、どれも相応の機能が付いていますね。

スマホで人気の写真加工アプリ「Snapseed」があるのですが、

Snapseed

無料
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posted with ポチレバ

これも元はNik Softwareが開発したもので、似たような機能を備えていますが、この「Nik Collection」には遠く及びません。

そんな「Nik Collection」も今は無料で入手することが出来ますが、2018年以降の開発をするであろうDxOに告知ページがあってそこでは

「新しいNikコレクションをリリースするときに通知を受けたい場合、または現在のコレクションを無料でダウンロードするためのリンクを送信したい場合は、ここにメールアドレスを入力してください」

と文章がありましたので、以後はメール登録必須でDxOでDLするか、新しいNik Collectionを使うことになるでしょう。

今ならこちらのページからGoogleからDLすることができますのでしておくことをお勧めします。



空きれいが撮影によく使うアプリ紹介:ProCam5

私、空きれいは撮影に様々な機材を使いますが、その中で最もよく使うのは、iPhoneです。
写真は偶然出会った被写体を撮影するのが1番である以上、1番身近で常に持ち歩くiPhoneで撮影することになります。
ただ、iPhone純正のアプリではRAW撮影できないので、どうしても何かしらのRAW撮影できるアプリを入れなければいけません。
私は「ProCam5」というアプリをよく使っています。今回はこのアプリを紹介できればと思います。

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ProCam5を使えば、ホワイトバランスやシャッタースピードを設定できる

もちろんこのProCamのメリットはRAW撮影できる点だけではなく、ほかにも多数あります。

例えば、

門司港からの夕日

夕焼けをホワイトバランスで調整してよりドラマティックに演出する

 

小倉駅

シャッタスピードを遅くして、被写体に動きを付ける

 

宗像大社

三脚で固定して、ISO(感度)を下げて奇麗な風景写真を撮る

 

など、機能を使いこなせば大概の撮影は可能になるでしょう。

他にも、写真の構図を作るのに便利なガイドの三分割法や黄金比、写真をまっすぐに撮るときに役に立つ水準線など
モードを切り替えて、スローシャッターやナイトモード、動画やタイムラプスなど一通りの機能はそろっています。

他のアプリも、相応の機能が備わっていますが、このアプリは私が使っている限り途中で強制終了になったことがない安定したアプリでもあります。600円の払う価値のあるアプリだと思います。ぜひどうぞ。

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クリスマスに教会へ行ってみたい貴方に伝えたいこと

クリスマスというという特別な日。世間では恋人の日とも揶揄されますが、イエスキリストが生まれたことを祝う日で、この国で最もキリスト教への興味と関心がある日でもあります。

キリストへの興味が湧いて、行きたくなる。それを「召命」とも言います。貴方を神さまが呼んでるって事です。

呼ばれているのなら、行ってみませんか?洗礼を強要されることはありません。クリスマスに教会へ行ってみたい貴方に伝えたいことをミサを撮影して6年目の私がまとめてみました。

1.教会に行ったから信者にならないといけない訳ではない

 

クリスマスという日に一度は教会に行ってみたいけれども「教会に行く=信者になる」のはちょっと…という人は沢山いると思います。
私はカトリック教会にしか行ったことがないので他の教会についてはなんとも言えないのですが、私は6年ほど教会にご縁があってミサの撮影を行なっているのですが、少なくとも「信者になりなさい」と強要された事はありません。
実際のところ、現在の社会は忙しく信者の方でも一年間に出るミサはクリスマスと復活祭だけという方もたくさんおられます。
初めての貴方がいきなり洗礼を強要される事は、今のカトリック教会ではあり得ないのでご安心していかれてみてください。

 

2.行く教会はホームページを調べて決める

 

初めての教会は出来るだけ安心していけるところがいいですよね。本当は出来るだけ大きな教会ほどサポートも充実しているのでお勧めしたいのですが、遠くていけない方も沢山おられる思います。ですので、安心していける教会の基準の一つとして「ホームページ」を挙げたいと思います。
では、どのような事をチェックすると良いのかリストアップしましたのでご確認の参考になればと思います。

・教会にホームページはあるか
・更新頻度が極端に低くないか
・主任司祭(神父)からの定期的なメッセージは?
・アクセス方法は書いてあるか

 

3.ミサの進行についていけなくても心配する事はない

 

ミサが始まると、おそらく周りの人は聖歌を歌ったり、お祈りをしたりとついていけない事だらけだと思います。私も最初は困惑しました。
無理をして歌ったりお祈りしなくてもいいのですが、どうして良いのかわからない場合は、始まる前に誰かにサポートをお願いするのが一番だと思います。
教会の聖堂に入ると案内係の人がいると思いますので、その人に教会に来たのは初めて来たのですが、どうすれば良いのでしょうかという内容を伝えると快く教えてくれるでしょう。

 

4.説教はよく聴いた方がいい

 

説教という言葉を聞くと、何だか目の上目線で難しいことを言われると思いますが、実際は「生きる力とヒント」を頂けるチャンスです。意味はよく分からなかったとしても、せっかくですから、聴きましょう。

 

5.聖体は貰えないけど祝福をしてもらえる

 

説教が終わって、最後の晩餐の再現と記念である「感謝の典礼」に移ります。
一通りのお祈りや儀式が終わると「聖体拝領」といわれるパンを戴く事でキリストを食べる儀式があるのですが、それは信者のみに許されるので、信者の方は座って待たれるか、祝福を戴くことができます。
祝福を戴く場合は、聖体を戴かずに、祝福をと一言言えば、頭に按手して貰えます。

 

6.行く前に予習したい人はミサ動画を見る

 

教会に行く前にやっぱり不安なので予習しておきたい場合は、書店に行って本を読んで知識を得るのも一つの手ですが、私のお勧めは、ミサの動画を見ることです。ミサの雰囲気や進行がよく分かるからです。
手前味噌ですが、こちらの動画を見ていただければと思います。

 

7.行きたくてもいけない人はライブ配信も

最後に宣伝すみません。
九州テレビでは、例年カトリック教会でのクリスマスのミサを動画でライブ配信しています。今年はYouTubeとTwitterから両方で中継します。
お時間がなかったり、遠くていけない人もインタネットからクリスマスのミサを見ませんか?

こちらから見ることができます。



中平卓馬「来たるべき言葉のために」レビューその1

今回紹介する本は、写真家 中平卓馬さんの処女写真集「来たるべき言葉のために」です。

「来たるべき言葉」ってなに?

まず、このインパクトのあるタイトル、来るべき言葉とはいったい何なのでしょうか。
私が手元に持っている本は、後年に再出版されたもので、解説文などが含まれていないので、当時の中平卓馬さんではなく後の記憶喪失後の彼の考えですが、1989年の写真集「ADIEU A X」のあとがき「撮影行為の自己変革に関して」に書かれている文章の

終局的に言えば、次第、次第に、写真と言う言葉が持ち得る力そのものを喪失しつつある、点に気づきました。

ということから言葉=写真であることが想像できます。
では、来たるべき写真とはいったいどのようなものなのでしょうか?



来たるべき写真の根底に…

続けて、「ADIEU A X」のあとがき「撮影行為の自己変革に関して」からの引用になりますが。中平卓馬さんは

1960年代末期、私が、まだ、新左翼系、月刊雑誌、「現代の眼」編集者で在った時、初めて撮影行為に関心を抱き始めたのは、アメリカの卓越した、写真家ウイリアム・クラインの作品集を突如、眺めた時からです。ウイリアム・クラインが、造り上げていた作品総体、具体的に言えば、彼自身、全く偶然、知ってもいなかった世界の諸姿と、突如、出会った時、かなり感動し、それらの姿そのものを、彼自身の感性を決して傷つけること無く、撮影し抜いてきた結末が、彼の作品集でした。その一点において、彼は、他ならぬ、カメラだけが持ちうる力、その特性を十全に発揮した存在でした。彼の作品ほとんど全てを、私、眺め、撮影を開始しました。

と、写真家ウイリアム・クラインの作品集の影響を受けて写真家を志したようです。
そして、中平拓馬さんは、既存の写真家たちに鋭い言葉を突きつけます。

その当時、さまざまな雑誌に発表されていた作品の多くは、女性像up、ヌード写真を初めとして、ほとんど全ての作品が、対象たる存在を写真家の自意識を基点として位置づけ、撮影した、そのような虚構的作品が多かったのでした。

写真には、記録としての1面と、コミュニケーションツールとしての二面性が確かに存在します。
ですが中平卓馬さんは、行き過ぎたコミュニケーションツールとしての1面を否定し

それ故、私、多くの写真家達に全的に対抗し、先に記述したウイリアム・クライン風の「ブレ・ボケ」作品を撮り始めました。

そして、写真集「来たるべき言葉のために」は出来上がりました。
写真集「来たるべき言葉のために」は、日本写真界のマイルストーンとも、その後に記憶を失った中平卓馬の最高傑作と称さるほどの名作です。

もっともご本人は

その帰結が、「ブレ・ボケ」を強化し過ぎ、対象を全く不明にしてしまいました。それ故、逆に、私の作品総体が写真の本質性を徹底的に喪失したありさまでした。

とのことです。

しかし、「来たる言葉のために」は名作と誉れが高く、初版の中古本は状態によりますが10万円を超える値段がついています。

中平拓馬さんのある種の神話的な生きざまの根底にある「写真=言葉」をウィリアムクラインの如く瑞々しい感性で撮影し抜いたこの写真集についてこれからレビューしていきたいと思います。