写真家 篠山紀信 ネットインタビュー・対談まとめ

 篠山紀信さんは、その時代を代表する人物を撮り続け、「激写」や「シノラマ」など新しい表現方法と新技術で常に「時代」を撮り続けている写真家です。
一部の写真愛好家には「写真ではなく企画で受けた」と批判されることがありますが、被写体に対する誠実さや、そのテクニックはそう真似をできる人はいないでしょう。
知名度が高いだけあって、ネットでもたくさんの記事が書かれていますのでまとめてみました。
このまとめに乗っていない記事を知っておられる方は是非教えていただければと思います。

写真家・篠山紀信氏インタビュー 《篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN》
どうすれば良い写真が撮れるのかって、そんなことは私が聞きたいくらいなんですけど(笑)、昔ね、コマーシャルに出たことがあって、テレビに出演したことがあるんですよ。そのときに何を言ったかというと、『皆さん写真を撮るんだったら、ハッと感じたら、グッと寄って、バシバシ撮りなさい』って言ったんですよ。つまり何かを撮りたいと思ったら『あ、いいな』って感じなくちゃダメじゃない。感じたらまず、グッと寄るんですよ。『ここでいいな』って自分が思う位置よりも。寄らないで(シャッターを)押してもね、対象に対する力が強くならないんですよ。写真を撮るときにもっとグッと寄る。それでとにかくバシバシ撮りなさい。1枚パシッと撮るよりもたくさん撮りなさい。そうするとその中から良いものを選べるじゃない。



インタビュー:篠山紀信 – Time Out Tokyo(タイムアウト東京)
https://www.timeout.jp/tokyo/ja/アート/インタビュー:篠山紀信
今、こういう非常事態において、写真家の方ができることは何だと思いますか?
篠山:1番プリミティブに言えば、報道ですよね。現場へ行って撮る。でも、写真を見ていても、なんか、変にお涙ちょうだいみたいな、同情をあおるような写真があったり、あんまり好きでないというか。撮っている人がそういうことを感じているのか、メディア自体がそういう風なことをやった方が、読者が喜ぶからやれと言っているのかは知らないけれど、僕が行ったら、もっと違うことを撮っているような感じがします。
「決定的な1枚には想いのすべてが集約される。それが“写真の力”」 篠山紀信スペシャルインタビュー:『篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN』
シャッターを切る。その間、僕は一言も「笑ってください」だの「元気そうに」なんて余計なことは一切言わない。ただ「カメラを見てください」と言ったときに出てくる、みなさんの複雑な表情を、僕じゃなく、カメラが撮ってくれた。それが“写真力”なんですね。
篠山紀信展「快楽の館」インタヴュー | ARTICLES | IMA ONLINE
―これまで膨大な数のヌードを撮られてきていますが、篠山さんにとってヌード写真とはどんな存在でしょうか?
篠山:目の前の被写体に感じた印象や思いや、イメージを写真にするときにヌードってとても使い勝手が良いんですよ。エロさだけじゃありません。例えば、都市に裸を置く行為は、そこに有るべからずものが風景の中にあるという、日常の非日常だったり、既視感のあるものの別の側面を見せられることでもあります。いわば、自分自身の眼を覚醒させるための装置なんです。現代は、ヌードというと排除すべき対象ですが、やはり欲望を喚起するものなんです。
写真家・篠山紀信はなぜ美術館でヌードを撮ったのか? 写真展『快楽の館』に迫る (1)
――男性のヌードを撮るときと、女性を撮るときと、違いはあるんですか?
構造的に、男性の体は出っ張ってますからね(笑)。隠すのになかなか苦労します。あとはどちらかというと、男性の方が恥ずかしがり屋ですよね。女性は10分もすれば、自分が裸であるかなんて忘れちゃうところがあるんですけど、男性の気持ちをほぐすのは大変です。お世辞を言ったりするわけじゃないけど、モデルになってくれてありがたいという気持ちを全面に出します。リスペクトする気持ちがないと、ダメですよ。
銀座人インタビュー〈第8弾〉その店の空気感を写真に|壹番館洋服店
渡辺:普通は、構えちゃいますよね。
篠山:まずそれをほぐすというか、緊張されないようにするのが一番ですから。僕はどう撮ろうかとフッと考えるときは真剣ですけど、あとはもう世間話とか、冗談を言ってみたり和んでもらって、それで「あっという間に終わっちゃったね」という感じが写真の撮り方として一番理想なんですね。
渡辺:ある種拍子抜けというか。「あれっ、もう終わっちゃったんですか?」みたいなほうが、いいのかもしれませんね。
篠山:「なんだ、もう帰っちゃうの?」みたいな(笑)。そういう感じはずいぶんありましたね。
編 凄くいい写真を撮るためには、やはり、モデルさんに「こういう表情で」など、ご自分のイメージをしっかりと伝えるわけですか?
篠山 それはありません。僕の場合は、撮る側の主体性なんかない。すべて相手に合わせます。
写真は「人ありき」「被写体ありき」ですから。この人を撮るには、スタジオがいいのか町中がいいのか、8×10がいいのか、カメラは何を、レンズはどれを選べばいいのか、その人のよさを引き出すことを最優先に決めるわけです。
中には、モデルの個性とは関係なく、自分の確固たるイメージが先にあって、それを演じてほしいなんてモデルに要求する傲慢なカメラマンもいるけど、そんなんじゃダメだと僕は思うね。そもそもカメラマンなんて、被写体がなければ何にもできません。
絵画や音楽のように、ゼロから何かを創り出すことはできない。カメラマンごときが、自分のイメージがこうだからこうしろああしろなんて言うのは、おこがましいですよ。
[ようこそ、信州へ #001]篠山紀信さん(写真家) | NaganoArt+
ーー今回の展示には 3.11東日本大震災で被災された方たちのポートレートがあります。たとえば昨今の日本国内の少し不穏な空気が流れている中、今の時代をどのように感じていらっしゃいますか? そして、何か考えが写真に反映されることはあるのでしょうか?
 
僕は政治評論家ではないし、大所・高所から偉そうに言う立場じゃない。ただ、僕が生きて写真を撮ってきた中で「本当にこの時代はいいなぁ~!」なんて時代はどこにもありませんでしたよ。生きてるということは不満や苛立ちを持つことなんですよ。完璧な安らぎを与えてくれる時代なんてこの先、たとえあなたが100年も生きたとしてもないだろうしね。まあ、バブルといういい加減な時代はあったけどさ。出版社から取材費もばかばか出て、外国にもどんどん行けて、あちこちで変わったものがどんどん出てくる。まあ、僕は「この時代はけしからん」とか「国会議員のあいつがいけない!」とか思わない。つまり、自分が生きている中で不満があるのだとしたら、どうにかしてその不満を自分の元に手繰り寄せて、それを逆手にとって、うまい写真を撮っちゃう。僕の考えはそっちですよ、健康的でしょ。
篠山紀信、被写体は…金魚!?「人物でも金魚でも『紀信伝心』」 | CanCam.jp(キャンキャン)

WI 初めての金魚の撮影で思い出に残るエピソードとかはありますか?

篠山 初めての体験というのは“驚きの連続”で、それを大切にしなきゃいけない。これはどの写真でも同じ。女の子を撮るのでも、風景を撮るのでも一緒。初めて見る“綺麗”や、“すばらしい”と思う瞬間を「撮る」。もし金魚専門の写真家だったら、こういうふうには撮らないと思うんですよ。でもそんなの関係なく「最初の驚き」だけで撮っている感じ“処女体験”ですよ(笑)。

歌舞伎繚乱「KABUKI by KISHIN 篠山紀信特別インタビュー 見たことのない歌舞伎が写っている」

――演技の極まったところをとらえるのではなく、その頂点に向かう勢いのある一瞬、エネルギーが今にも爆発しそうに燃えたぎる一瞬を、写真にとどめています。

 俳優が乗ってきて、私も乗ってきて、役者に乗り移ってしまったようになるときがあるんです。そういうときは本当にいいですね。歌舞伎俳優が本当に命がけで役に入っている、その一瞬はかけがえのない一瞬です。歌舞伎の神様が降りたその瞬間と、私に写真の神様が降りてきた瞬間。神様と神様がぱっと合わさった瞬間。これがまたすごい。この一瞬が写っているから、形がどうとかいうのを超えたもっとすごいものが写っているのだと思います。

  きれいに決まった写真を見慣れている俳優さんたちも、だんだん篠山の写真は面白いと思ってくれるようになりました。今まで見たことがなかったものをお見せしているわけですからね。掲載した写真はすべて、写っているご本人が出していいと言った一枚です。

  撮影者が消えて、役者がぐーっと出てくるのがいい。私がしゃしゃり出るのはよくない。私はそう思っています。



 

中村勘三郎さん”最後の8年”を撮った篠山紀信さん 「歌舞伎座最前列でも見えない表情とらえる」

−−−勘三郎さんから篠山さんに撮っていただきたいとお声がけがあったということですが、撮ったお写真にどんな反応がありましたか?

襲名の写真が面白かったんだよ。ニューヨークで平成中村座の公演があった時に撮ったじゃないですか。最初、ポラロイドで撮ってみたら、天気が良くてピーカンで、ものすごくいい写真なんだよね。それを勘三郎が平成中村座の楽屋に持って行って皆に「ちょっと見てよ、こんなすごい、いい写真が撮れたよ」って言ったら、「さすがだね、合成上手いね」って言われて(笑)。ニューヨークに行って撮ってるのに、なんで合成なのかって。でも、それくらい本当にぴったりハマった写真が撮れたのね、あれは。

 

 

【VOGUE】篠山紀信さんに聞きました!「僕が歌舞伎を撮る理由」
「『阿古屋』に出てくる「竹田奴」を終演後に僕が演出して玉三郎と一緒に舞台で撮ったもの。本当の芝居にはこんなシーンありません。ひょろひょろひゅう〜と出てくるなんともシュールな人たちです」by KISHIN

 

 

トーク連載「篠山紀信 × ○○」第1回 篠山紀信×箭内道彦×明日花キララ×後藤繁雄 – コラム : CINRA.NET

箭内:いいですねぇ。じゃあ、「篠山さんが撮るワタシ」はどうですか?

キララ:素の部分がすごい出てきますね。

箭内:他のカメラマンとはここが違う! みたいなところってあります?

キララ:面白さっていうかユニークさが、先生の写真にはありますよね。

篠山:愛だよ、愛。キララに愛があるんだよ。他の人はさ、裸にしてエッチな顔させて「あ〜ん」とかやらせればいいってとこあるじゃない? 私の場合はあんまりエロくないんだよね。

キララ:う、うん。

 

「技術の勉強いらない」篠山紀信×Hey! Say! JUMP中島裕翔のカメラ談義

篠山「携帯から入ったのね。ここが全然違うとこ。面白いよね。僕は、ポラもストロボもないアナログ時代から撮ってる。失敗したら何も写ってないなんてこともあったから、ライティングとかすごく勉強したけど、今はシャッター押せば暗いところでも何でも写る。軽くいいものが撮れちゃう今は最高だよね」

中島「すごい時代ですよね」

篠山「今はカメラの技術の勉強をする必要はないよ。技術じゃなくて、大切なのはここ(胸を指して)と、ここ(頭を指して)。感性だね。ふだんから、いい舞台、映画、美術品とか見たりして感性を磨くことが重要。そうするとほかの人とは違うものが見えてくる」

中島「それが肥やしになる」

篠山「そう。いい女とつきあったりね。いい男とつきあってもいいけど。ハハハ」

中島「(爆笑)」

祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.15 篠山紀信さん、クリスチャン・ルブタンさん
祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.15 篠山紀信さん、クリスチャン・ルブタンさん

さきほど館内を案内していただいた際にも解説していただきましたが、ヌードを撮る際の感情やモデルの個性の表現方法についても非常に興味深かったです。

祐真 なるほど。ルブタンさんは今回の展示方法が、作品の美しさをより際立たせていたと感じられたわけですね。篠山先生はそのあたりはいかがですか。

篠山紀信さん(以下、篠山) サイズ感についてはそんなに意識はしていませんでしたが、ルブタンさんの視点は面白いなと思います。私自身が見ていただく方にいちばんに感じてもらいたかったのは、自分が今立っている場所に裸のモデルが立って、まさにその場所で撮られたのだという事実。過去と現在が入り乱れて不思議な気持ちになるのは、この美術館が80年前に建てられた建築物だということと元は私邸だということも密接に関係しています。そういう場だからこそ、他にはない特別な雰囲気が出るとも思っています。



ボス猫の撮影方法

ここ最近、九州テレビで「アイフォトライフ」という連載をしている。
アイフォトライフは、写真に関するちょっとしたコツやポイントを私流に書き連ねたもの。
なのだが、そこには意図的に書いていないものがある。

猫写真を撮るために」という回では、猫写真に関することが書かれているが、「敬意」がポイントになっている。
だが、敬意をもって接したところで「手ごわい」猫もいるのも確か。
特にある程度年を重ねていたり、その地域のボス猫的存在の場合はこちらを強い眼光で見てきて、なかなか良い写真を撮るのは難しい。
そういった場合は、こちらを試したり威嚇しているので、警戒を解いて「認めてもらう」必要性がある。

対処法としては、一度ではなく何度も訪れて写真を撮ること。
それと撮影する際は、真正面から目をそらさずに怯まないこと。

上記の三枚の写真は、そうして撮影したもの。
最初はふてぶてしかったり、鋭い眼光でこちらを見たりだが、やがて警戒を解いて本来の姿を見せる。
なかなかに難しいことだが、写真はコミュニケーションでもあるので、機械のある時には挑戦してみてほしい。



斬進快楽写真家 金村修 ネット記事まとめ

 金村修さんは、そのロックな風貌から想像するような、モノクロでソリッドな都市スナップ写真で世界的に有名な写真家です。
現代進行形で活躍されている方なので、ネットにも様々な形でされています。その一部をまとめました。彼の文章の多さは有名ですが、ネット記事だとまた別の側面が見えてきます。ぜひ参考になればと思います。
技術信仰がまだありえた時代、そんな時代がデジタルカメラの出現で終わりを迎えた。みんなが知らない技術を知っているという技術の独占が意味を持たなくなった。価格の高いカメラを買えば画面の質は向上する。写真家のアイデンティティーを技術に求めることがもう成立しなくなった。誰にでもいい写真が撮れるという事実は、誰が撮っても同じということだから、“誰が撮った”の“誰”がどこにも存在しなくなる。作者がいなくても撮れるという作者の不在、作者の抹消をデジタル写真はさらに促進するだろう。
「行き詰まったらその行き詰まりを見せるのが写真家であって、何でも撮れるなんてつまらない可能性を見せることなんかじゃない。行き詰まったり、つまらなかったりの何が悪いのかと思う。無限の可能性を秘めているなんて思われる方が変だし、つねに新しくなくちゃいけないって、コマーシャルの世界ならともかく、そういう意識ってすごく強迫神経症的だと思う」
1929年の暗黒の木曜日は紙幣が意味のない排泄物のような白い紙束であることを暴露したように、恐慌は宝の山としての紙幣を廃物屋のがらくたに転化する。恋愛は宝の山ではなく、がらくたになった廃物に恋をすることであり、価値を失った白い紙束としての紙幣に熱烈に恋をする。



・客観性を出して、作者の主観性をはぶく。
・中心(消失点)を出さない。全体を主役にしたい。
ヘロイン中毒者はうっとりしながら壁を見る。薬が効いているあいだは、ずうっと何も起きない壁を見続ける。「何事もない穏やかな日々です。」。何も起きないことは退屈なことではなく、ジャンキーにとって何も起きないことがまさに至福の瞬間なのだ。
大学では彼の写真の真似事ばかりしていた、ゴミゴミした景色を見つけては、EOS70で撮りまくっていた。大学4年間で何万枚撮ったか知れない。インドやらタイやらにに旅行に行ったりして写真を撮ったりして、色んな写真展に出展したりしていたけど、今となっては作品としてとってあるのは彼の作風を真似た9枚1組の写真だけだ。
たとえば「表現」ってなってくと、写真っていうの は自分の手足みたいな感じで捉えられるわけですよね。たとえば自分の観念なり思想なりを、ある種カメラを手段として撮ってくみたいな考え方になってくる。 だけど、写真っていうのは撮ってる作者の意識を裏切ってくような要素って強いわけですよ。
金村さんは、仕事の合間にプラウベルマキナで今でも「慌てるように撮る」と言った。ビューイングの様子はというと、金村さんの大きくプリントされたモノクロの作品群は、長テーブルの上にところ狭しと並べられている。
中平さんの場合ストレートにほぼ焼くだけで平面性が出たので、それならば自分も焼き込まずにやってみようと思いました。



来たるべき写真家 中平卓馬 ネット記事まとめ

中平卓馬さんという写真家ほど、写真を生涯問い続けた人は恐らくほとんどいないでしょう。

今なお、むしろデジタル化して技術に甘えることが出来なくなっていく写真業界でもなお、鮮烈に問うその写真は「世界」を無視した私感情と欺瞞に満ちた嘘塗れの「写真」とは対極です。

そんな中平卓馬さんですが、最初は写真家ではなく、『現代の眼』という雑誌の編集者で、ある時に東松照明、森山大道といった人たちと親交を深めて、1968年、高梨豊、岡田隆彦、多木浩二らと共に、写真同人誌「Provoke」創刊して、当時の既存の写真表現には無かった「アレ、ブレ、ボケ」で当時の写真業界を揺るがせました。1970年発表の写真集『来たるべき言葉のために』は日本の写真のマイルストーンとも呼ばれている名作です。



ところが、1973年発表の『なぜ、植物図鑑か』では一転して「アレ、ブレ、ボケ」の作風を否定し、撮り手の情緒を排したカタログ写真や図鑑の写真のような写真を目指しました。

その後、睡眠剤の乱用やアルコール中毒の影響か、昏倒の後に記憶障害を抱えてしまいますが、『アサヒカメラ』に「沖縄-写真原点I」を掲載して再起を果たします。

その後は、「新たなる凝視」「ADIEU A X(アデュウ ア エックス)」『hysteric Six NAKAHIRA Takuma』など、記憶障害を負う以前から掲げていた「植物図鑑」へ邁進しつつ、2003年に発表した「中平卓馬 Documentary」では独自の縦構図にカラーフィルムという独自の世界観に到達しました。その影響は大きく、ホンマタカシさんなど多くの写真家に影響を与えています。

 

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タバコはマッチで吸う。
ファミレス大好き。
階段は2・3段飛ばし。
デニムのYシャツに赤のジャンパーと赤の帽子。

 

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Post #1613 さらば、中平卓馬
うすっぺなら写真が横行横溢する現在、中平卓馬の存在こそは、写真とはなにか、写真家とは何かという課題を、写真のあるべき姿とは何かという、重たい問いかけを、常に突き付けてきていたはずだ。

 

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中平卓馬 展
今回の展示では、横浜を中心に撮影したという。中平が撮影した植物や滝、横たわる老人や、タヌキの置き物など様々な対象を見るとき、彼の衒いのないまなざしを感じることができる。記憶のなかに沈む言葉とイメージを結び付けること、ただ今あることをそのままにうつし撮ること。その両極を行き来した作者の今の息遣いが感じられた。現実の世界にあって、これほどの誠実さをもって生きているということのシンプルさが色鮮やかに心に残る。

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追悼 中平卓馬殿
数年前に入った施設の規則で、カメラの携帯を許されない環境になり、やがて入院。久しくお目にかかることもかなわないままでしたが、最後の数年はさぞ無念だったと思います。

 

中平卓馬さんとナポリタン
http://chotoku.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-7a4c.html
自由が丘のギャラリーで吉村朗の個展で、中平さんに会った。もう記憶をなくされた後の話である。
吉村の話では毎日、そのギャラリーに中平さんは訪ねてきて、自己紹介の後、しばらく話をした。近所の喫茶店にナポリタンかなにか食べに行くという話であった。そうしてキヤノンF1に100mm付のレンズで中平さんは町を撮影するのである。

中平卓馬、私の前ではいつも笑っていた。
http://s.webry.info/sp/06581240.at.webry.info/201509/article_1.html
卓馬とは一時「義兄の嫁の弟」という関係で外語時代によく友人を連れて遊びに来ていた。離婚してからはだれも来なくなったが卓馬は相変わらずひょいと顔を出してはおしゃべりして帰って行った。彼が「現代の眼」でグラビア担当になり、カメラに誰を使おうか?と聞かれた時、まっさきに東松照明の名をあげ紹介したのが私だったから、そしてそれがきっかけで彼がカメラを手にするようになったからか、気安かったのだと思う。



桜花、春雨の街、幻視

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先日、とある図書館で借りた本を返却した後、エレベーターに乗って外の風景を眺めていた。

すると、昨日見た桜と外の風景が頭の中で奇妙な合成をしていた。

手元にあるiPhoneでそれを再現すべく、レタッチとフィルターと2重合成を駆使したのがこの作品。

現実は桜一つもなく、ただ薄暗い雲と街が広がっていても、私の頭の中はそうでもないようだ。

 

雨、夜桜、憂鬱。

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春、桜がちょうど開花し始めた日から、何故か雨が降りやまない日々が続いている。

目の前にある桜たちは、雨に何とか持ちこたえながら満開を迎えつつあるようだ。

私は憂鬱で仕方ない。せっかくの満開の桜並木もこれではすぐに散ってしまう。

ともかく、普段使っている機材を濡らして壊すわけにはいかないので、iPhoneでとりあえず撮影する。

天気予報を見るとかろうじて明日は晴れるようだ。明日は早起きして桜を撮ろうと誓った。

救いようのないエゴイスト写真家 深瀬昌久のネット記事まとめ

「私写真」というジャンルをご存知でしょうか?巷に溢れているセルフィーもその一部かも知れませんが、そういったことを日本の商業写真として確立させたのが、「アラーキー」こと荒木経惟さんです。
ですが、彼一人だけがやり始めたことではなく、過去にも、海外にも、そして同世代の日本写真家にも存在します。その一人が深瀬昌久さんです。

彼がなぜアラーキーと比べて無名なのかは、その内向的な作風と、亡くなる20年以上前から重度の障害で作品を発表できる状態ではなかったからでしょう。

ですが、彼が撮影した作品は現代の感覚で観ても古いものではありません。

そんな深瀬昌久さんに関する記事をネットで幾つか見つけましたのでまとめてみました。

他にもこんな記事があるよという方は、コメント欄で教えていただければ随時追加していきたいと思います。よろしくお願いします。

 

これぞセルフィーの極北「救いようないエゴイスト」深瀬昌久展

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深瀬の写真は古さを感じるどころか、カラーのモンタージュ写真や今で言う「セルフィー」を先取った自画像など現代的なアプローチも多く、むしろ同時代性すら感じさせるものだった。

 

深瀬昌久『鴉』

不吉なものが纏わりつき、そこここに見え隠れする影は鴉そのものではなく、深瀬さん自身だ。孤独を愛してやまない写真家の姿だ。不吉なものが纏わりつき、そこここに見え隠れする影は鴉そのものではなく、深瀬さん自身だ。孤独を愛してやまない写真家の姿だ。

 




英ガーディアン紙が深瀬アルル展示作品を報道

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イギリスの大手新聞紙『ガーディアン』によって、深瀬昌久が報じられました。現在開催中のアルル国際写真祭にて展示されている作品『窓から』を切り口に、深瀬とその元妻・洋子の関係について綴られたものです。

 

深瀬昌久 カメラという魔物に飲み込まれた壮絶写真家

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カメラという魔物に取り付かれ孤独と寡黙へ向かう深瀬は、まるで自らの姿を投影するかのようにひたすらカラスを撮影。1986年に写真集「鴉」を発表してからは、外側の被写体を失ったかのようにセルフポートレイト「私景シリーズ」へそのステージを移していく。

Lost In Life: 人形遊び

 

人形にはある種の魔力があるように思う。
ある人は己の理想を投影し、ある人は邪な欲望を滾らせる。生き物でもなく、幻想でもない。
そして、辺りを見回せば案外側にあるものだ。そして、その魅力に囚われると、いつの間にか自室が人形だらけになるらしい。
生憎、私は人形に特別な思い出はない。だが、被写体としては興味を抱いている。
エゴなのか、エロスなのか、それとも単なるフェチズムに過ぎないのか。現時点では答えは出ないけれども、何かしら撮影をしていると不思議と溜まってしまうのでここら辺で一部を公開しようと思う。

 

 

 

 

 

Lost in life:冬ノ空

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冬、特に雪が降るほど寒くなると私は無性に空を撮りたくなる。
冬特有の空の色合いが好きというのもあるけれども、何かが垣間見えるからだ。
海の青を反射した空の蒼、行く果てを知る由もない雲、そして見知らぬ何かが見える。
私個人としては空を見て包まれるような気持ちになることは少ない。ただただ圧倒的な情報量だけが見える。

…と私の「空」論はさて置き、今回は写真をWordpress上に置かずにTwitterからのまとめという形で掲載しようと思う。