Lost in life:異界

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世界的な写真家 森山大道さんは、スナップ写真を説明する際、「異界」という言葉を使う時がある。

『ほとんどの人は日常しか撮ってないでしょう。つまり、基本的に異界に入り込んでいない。でも街はいたるところが異界だからさ。街をスナップするということは、その異界を撮るということなんだよ』 森山大道 路上スナップのススメ (光文社新書)より引用

私としては、「異界」だけを撮るならば街に出る必要はないと思う。それこそ力量さえあれば、自室の片隅にある何かでも可能だ。
問題は、認識なのだろう。胡散臭い、疚しい、あらゆるものを丸裸にするときにスナップの神髄が垣間見える時がある。

個人的な異界論はさて置き、2017年1月8日、福岡県の十日恵比寿神社で正月大祭が始まった。
商売繁盛を願う人々にとっては必ずといっていいほど欠かせない祭りだ。もちろん私も例外ではない。
参拝を終えた後、行列の最後尾の辺りからスナップ撮影を始めた。聖と俗が濃密に交わるこの祭りを撮るために。

 

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写真家 森山大道 ネットインタビュー・対談のまとめ

写真を愛する人なら、おそらく知っているであろう、写真家 森山大道(もりやまだいどう)。
「ブレ・アレ・ボケ」の前衛的なスナップ写真を長年撮影し続けている世界的な巨匠の一人です。
森山大道さんはよく「量のない質はない」という言葉を始め、様々な所で語られています。
そういったインタビュー・対談をまとめた本もありますが、
インタネットで公開されているものについては余りまとめられているページを見たことがありません。
個人的にも気になっていたのでまとめてみました。ぜひご覧ください。新たな発見があると思います。
また、こんな記事もあるよと知っている方はぜひコメントで教えてください。随時追加していきたいと思います。

 

写真家・森山大道氏 インタビュー 英国ニュースダイジェスト

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デジタル・カメラの普及によって大量に写真撮影するのが容易になったことによって、一枚の写真の価値が減ってしまったとは思いませんか。
そう仰る気持ちはよく分かります。ただ僕がこれまで撮影してきた路上のスナップ写真というものは、とにかく圧倒的に量を撮らないと意味がないんですよ。僕のスナップ写真に対する考え方の一つとして、「量のない質はない」というのがあります。それが僕のテーゼなんです。量を撮ることによって初めて質が確保できるというのも一つの真理だと思います。

 

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ち:唐突ですが、森山さんにとってのカメラとはどんな存在ですか?
森:身も蓋もないけれど「複写機」、それにつきます。
世間を、自分を、全てを映し出す複写機です。

 

「二十年経ってやっと自分の写真になった」 森山大道が見た東南アジア – 日刊サイゾー
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森山 全ての写真、特にスナップ写真というのは、最終的にはすべて記録として収れんされるんです。撮った時は撮った時の勢いや温度感があるけど、時間が経つと違った見方ができる。自分が撮ったものでも、再び出会った時に、違うコンテキストを見出すことができる。その構造が写真の一番の強度で面白いところだと思う。

 

森山 大道 | Fotonoma The Photographer

僕は今でも新宿の街なんかをよく撮っているけど、こういった街中を撮るってことの原点は、やはり横須賀にあると思っています。

 




 

10+1 web site|都市に住むこと/都市を移動すること|テンプラスワン・ウェブサイト

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森山──僕の写真は新しく撮っても、昭和20年代に撮った写真ではないかと見る人によく言われるんですね。結構時間が見取れなくなるらしい。例えば2、3年前に出した『新宿』は、ほとんど新たな撮り下ろしの写真ですが、ある小説家が、終戦後の新宿とあまり変わらないのではないかと言っています。それはチラッと嬉しいような複雑な気持ちなんですが、全体として言えることは、時間というのもそんなに短いスパンで捉えてもしょうがないのではないかということですね。写真の場合は「いま」しか撮れないのですが、しかし「いま」はどうにでも前後に行けるんだよという認識をもっているんです。

 

森山大道インタビュー|Dazed Japan | Shinichi Uchida
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「これまでの経験について、どれかが欠けたら今の僕と違っていたか、それは自分自身ではわからない。ただ、自分と写真との間に肉離れを感じてしまう時があるからといって、写真を辞めることにはまったくならないと思う。そういう時はシルクスクリーンをやってみたり、それか何もせずボーッとしていたり。するとそのうちまた自然に、撮ろうという気持ちになる。ストンと抜けて何かが見えてくる……。まあ、他におもしろいことなんてないしね。身体に写真が染み付いてしまっているから、そうれはもう“辞める/辞めない”という話でもなくて。そういう意味では写真が自分に合っているんだろうね」

特集: 『教えて森山総長』その3

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中山:森山さんは、写真の持つ力ってどういう風に捉えてられますか?
森山:いや、それは圧倒的な力を持ってるよね。他の表現のメディアよりは。それは他のジャンルの人はどう言うか知らんけど。でも俺は写真が一番ポテンシャルを持ってると思うね。それは表現の手段という事もあるけど、それはやっぱりコピーする機能を持ってるからさ。だからかなり、ポテンシャルはあるし、ストロングだと思うけどね。それはやっぱり信じてるよね。

 

森山大道氏 「特徴のないのっぺりした顔の日本人が増えた」|Infoseekニュース

「僕は携帯が悪いなんてちっとも思わない。でも、やっぱりものをあまり考えずに何でも手軽にできる社会が、人間の輪郭線をぼやけさせているような気はしますね。あんまり社会評論的なことは言いたくないんだけど、欲望も等質になっていくような気がします」